高度経済成長の曙光が差し始め、師弟ともに国土建設の夢と希望にあふれていた頃、本校校長に生
田篤治氏が就任した。創立三年目の、昭和三六年四月一日のことである。
しかし、工業高校として の施設・設備は、まだ不十分であり、間もなく新校舎への移転も始まろうとしていた。新校長は、早速、新しい 酒は新しい皮袋のたとえのごとく、指導理念としての 「本校教育方針」・「本校校訓」 を自ら作成した。

○教育方針(元文)
学校づくりは、先ず精神的構築からのモットーのもとに、民主主義教育を基本とし、敬愛と協和の精神を培 い、人間形成に努め、健全な身体をもった有為の工業人を育成する。 

今日、宇宙時代とか科学技術の振興とか強調されておればこそ、なお一層深く精神的面が重要視さるべき で、何と申しましても人間教育がすべての鍵であると感じて、私は新しい学校づくりのための教育方針と校 訓をこのようにうちたてました。……この教育方針といい、校訓といっても全く表裏一体のもので、ともに 本校の教育精神として、全校のものが、これを体得し、毎日精進努力することによって、やがては校風に、 あるいは伝統として、そのいくぶんなりとも具現されることを専ら念願する次第であります。
武工新聞 創刊号  校長 生田 篤治 「新しい学校づくりに思う」より