昭和三七年二月二十日、中西敏憲武生市長の斡旋により、かの 「コタンの口笛」の著者で、当時、昭和女子大教授石森延男氏に作詞を依頼した。
一学期も終わりに近い七月十八目、先生より直筆の校歌が届けられた。
作曲は、七月二一日、生田校長と、校歌作成委員長の六戸部先生が直接鯖江の棚地先生宅を訪ね、お願いした。
一ケ月後の八月二一日、完成された曲を
先生自ら持参して下さった。
こうして本校独立以来の念願であった校歌が、諸先生方の御尽力により出来上がり、敬愛・勤労・創造の精神をモットーとする校訓が詠みこまれた立派な校歌が出来上がった。
昭和三八年六月九日、本校第一二期工事として完成した体育館の落成式において、作曲家の棚地先生の指揮で、本校ブラスバンド部員の伴奏、生徒合唱団部員による合唱により、校歌が披露され、
つづいて、棚地先生の指揮で全員高らかに校歌を斉唱し、落成式および校歌発表会を終了した。
作詞者 1897(明治三十)~1987(昭和六二)。
児童文学作家。札幌市生まれ。
主な作品-「咲き出す少年群」、「コタンの口笛」、「バンのみやげ話」など。
作曲者 1900(明治三三)~1967(昭和四二)。
バイオリニスト。鯖江市生まれ。
日本交響楽団にて活躍。戦後、鯖江市で棚池アンサンブルを開き、郷土の音楽発展に尽力。 |